「1時間は60分」「1分は60秒」——私たちが日常的に使っている時間の単位は、当然のように定着しています。しかし、よく考えてみると不思議です。なぜ10や100といったわかりやすい単位ではなく、60という中途半端な数字が選ばれたのでしょうか。
その答えを探ると、古代バビロニアの数学体系や天文学の発展、さらには文明が共有してきた「時間を測る文化」の歴史にたどり着きます。本記事では、「1時間=60分」という仕組みがどのように生まれ、なぜ今も使われているのかを詳しく解説します。
時間の単位はどのように生まれたのか
時間の概念は、太陽の動きとともに誕生しました。人類が最初に「時間」を意識したのは、昼と夜の変化を観察したことがきっかけです。太陽が昇り、沈むまでを1日とする考え方は、農業や生活のリズムを整える上で不可欠なものでした。
やがて古代エジプトでは、日中の太陽の位置をもとに1日を12の区分に分ける試みが始まりました。夜も同様に、星の動きを目印に12の区分が設けられ、1日は合計24区分、つまり現在の「24時間」に近い形が成立します。
当時の人々は正確な機械を持たず、影の長さや星の位置など自然現象を基準に時間を測定していました。そのため、時間の単位はまだ厳密ではなく、地域や文化によって異なるものでした。しかし、「日を小さな単位に分ける」という発想自体が、現代の時間制度の始まりだったのです。
60という数字を選んだのはなぜ?バビロニアの60進法
「1時間=60分」という考えの起源は、古代バビロニア文明にさかのぼります。紀元前2000年頃のバビロニア人は、現代とは異なり「60進法」という独特の数の体系を用いていました。これは、私たちが日常で使う「10進法(0〜9)」とは異なり、60を1つのまとまり(基数)として数を表す方法です。
なぜ60が選ばれたのかというと、数学的な理由が大きく関係しています。60は2・3・4・5・6など多くの数で割り切れるという特性を持ちます。たとえば10では2と5でしか割り切れませんが、60なら多様な分割が可能です。これは時間や角度のように「均等に分けたい対象」を扱う際に、非常に都合がよい数でした。
さらに、当時のバビロニア人は天文学に優れており、太陽や星の動きを観測して暦を作っていました。その観測や計算の中で、60進法が非常に使いやすかったことが、後の時間・角度の単位に大きな影響を与えたのです。
60進法が「時間の数え方」に受け継がれた理由
古代バビロニアの60進法は、その後の文明にも強い影響を与えました。特に古代ギリシャやエジプトの学者たちが、天文学や幾何学の研究にこの体系を取り入れたことが大きな転機となります。
ギリシャの天文学者プトレマイオス(2世紀)は、天体の位置を記録する際に「円を360度に分け」、さらに1度を60分、1分を60秒に分割しました。これは、角度の測定に60進法を適用した例であり、やがて時間の表現にも応用されていきます。
「円が360度」「時間が60分」というのは偶然ではなく、天文学的観測と数学的利便性の融合によって定着したものです。天体の動きと日常の時間の流れを関連づけて考えた結果、60という数は最も扱いやすい単位として長く受け継がれることになりました。「1時間=60分」という構造は、古代の天文学者たちが宇宙を測るために選んだ体系が、そのまま私たちの生活に残った形なのです。
現代の時間制度への移行 ― 秒まで続く60の系譜
中世から近代にかけて、機械式時計の発明が時間の制度を決定づけました。13世紀以降、ヨーロッパでは歯車によって動く時計が登場し、時間をより正確に分割できるようになります。このとき採用されたのが、古代から受け継がれてきた「1時間=60分」「1分=60秒」という体系でした。
時計職人たちは、天文学や数学で使われていた60進法をそのまま取り入れることで、既存の知識体系と整合性を保ちました。特に、天体観測や航海術では正確な時間測定が必要とされており、60進法による細分化が科学的にも実用的だったのです。
一方、18世紀のフランス革命期には「10進法による時間制度(1日=10時間、1時間=100分)」が提案されたこともありました。しかし、生活や科学の基盤がすでに60進法で統一されていたため、この制度は定着しませんでした。
現在でも、1時間=60分、1分=60秒という仕組みは国際的に標準化され、秒の定義も原子時計によって極めて精密に測定されています。つまり、私たちが日常で使う時間の体系は、古代の数体系と現代科学が融合した結果なのです。
まとめ:60という数に宿る「古代の知恵」
「1時間=60分」「1分=60秒」という時間の単位は、単なる習慣ではなく、古代の数学的合理性と天文学的知識の積み重ねによって生まれた制度です。
60という数は、2・3・4・5・6など多くの数で割り切れるため、天体の動きや日常生活を等分化して考えるのに非常に便利でした。そのため、バビロニアからギリシャ、そして現代に至るまで、60進法は人類の知的遺産として生き続けているのです。
私たちが今も60分で1時間を数えるのは、古代文明が築いた数学と観測の知恵を、時代を超えて受け継いでいる証といえます。時間の単位ひとつをとっても、そこには人類の長い歴史と探究の跡が刻まれているのです。