人間社会では、誰にでも「気の合う人」や「苦手な人」がいる。では、同じように動物や虫たちも仲間の中で“好き”や“嫌い”を感じているのだろうか。感情という点では人間に特有のものと思われがちだが、近年の動物行動学や神経科学の研究によって、動物にも社会的関係を選び取る行動が見られることが明らかになってきた。
群れで協力し、時に対立する動物たちの世界には、単なる本能や反射では説明できない「相性」や「好み」に似た関係性が存在する。虫のような小さな生物にも、仲間を識別し、一定の距離感を保ちながら関係を築く仕組みが備わっている場合があるのだ。
本記事では、動物や虫がどのように仲間を識別し、特定の相手を好む・避けるといった行動を示すのかを科学的な観点から解説する。
動物にも「仲間を区別する能力」がある
動物たちは、単なる本能的な集団行動だけでなく、仲間を個別に認識する能力を持っていることが多い。たとえば、群れで暮らすサル類は、顔の特徴や鳴き声、体臭などを手がかりにして個体を識別している。チンパンジーやマカクの仲間では、視覚だけでなく鳴き声のトーンやリズムからも特定の仲間を判別できることが実験で確認されている。
また、イルカやゾウのような高い社会性を持つ動物は、仲間の声や発する音波を聞き分け、数百頭規模の群れの中でも長年にわたり関係を記憶している。彼らの社会は単なる集団ではなく、明確な個体間のつながりで構成されているのだ。
一方で、嗅覚を主な情報源とする動物では、匂いによる個体識別が重要な役割を果たす。犬やネズミは、フェロモンや体臭を通じて相手の性別・健康状態・社会的地位まで判断することができる。つまり、動物にとって仲間とは「外見的に似ている同種」ではなく、「個性をもった関係の相手」なのである。

「好き嫌い」に似た行動が見られる動物たち
多くの動物は、仲間を区別するだけでなく、特定の個体に対して親密さや好意を示す行動をとることがある。これは人間の「好き嫌い」に似た社会的選択として注目されている。
サル類の群れでは、毛づくろい(グルーミング)がその代表例である。チンパンジーやボノボは、すべての仲間と均等に接するわけではなく、信頼関係のある特定の相手を優先的にグルーミングする。しかもその相手は、血縁関係だけでなく、これまでの協力経験や助け合いの履歴によって選ばれていることが多い。
イルカの社会でも、ペアや小さなグループ単位で長期的な“友情”が形成されることが知られている。研究によれば、イルカは自分と波長の合う個体と行動を共にする傾向があり、時には他の仲間を避けることさえあるという。
犬やネコといった身近な動物も例外ではない。犬は、同居している犬の中でも特定の個体とだけ遊ぶ・寄り添うといった選り好みを見せることがある。またネコも、社会的に安定したグループの中で「気の合う相手」にだけ鼻をすり寄せたり毛づくろいをしたりするなど、相性の良し悪しを行動で表現する。
これらの行動は単なる生理的反応ではなく、感情や社会的記憶を伴う関係性の表れと考えられている。つまり動物の世界にも、明確な“好き”と“苦手”の境界が存在するのだ。
昆虫にも“仲間選び”はあるのか
一見すると、昆虫は感情や個体識別とは無縁の存在に思える。しかし、社会性昆虫の研究を通じて、「仲間を見分ける」能力や、状況に応じた選択行動が確認されている。
アリやハチなどの社会性昆虫は、巣の中で高度に分業された社会を形成している。その秩序を支えるのが、巣仲間識別(nestmate recognition)と呼ばれる仕組みである。これは、個体が体表に持つ炭化水素の化学的サイン(いわば“匂いのパスワード”)をもとに、仲間か外敵かを瞬時に判断する能力だ。違う巣のアリが侵入すると、匂いの差を察知して攻撃することが多い。つまり、昆虫も自分たちの社会における「内」と「外」を明確に区別しているのである。
さらに興味深いのは、ハチやシロアリの中には作業仲間を選ぶ傾向が見られる種がいる点だ。たとえば、同じ巣の中でも、特定の個体と協力して働く頻度が高いことが観察されており、これは一種の“相性”行動とみなされることもある。
また、配偶行動の場面では、フェロモンの違いによって交尾相手を選ぶケースが多く、遺伝的に近い個体を避ける(近交回避)といった適応的な選択も行われる。
「好き嫌い」と「本能・適応行動」の違い
動物や虫の行動の多くは、私たち人間が感じるような“感情的好き嫌い”というよりも、進化的に有利な行動選択の結果と考えられている。つまり、「この相手が好きだから一緒にいる」というより、「この相手と行動することで生存や繁殖に有利になる」ためにそうしている場合が多いのだ。
たとえば、サルやイルカの“仲良し行動”も、協力関係を築くことで捕食リスクを下げたり、食物を共有したりするメリットがある。一方で、反りの合わない個体を避ける行動は、不要な争いやストレスを減らすという適応的な価値を持つ。結果として、群れ全体の安定性が保たれる。
昆虫の場合も同様に、フェロモンによる識別や相手の選択は、遺伝的多様性を確保し、集団全体の繁殖成功率を高めるという進化的な意義を持つ。つまり、動物や虫の「好き嫌いに見える行動」は、感情というよりも生存戦略としての“選択性”である場合が多い。
しかし近年の神経科学の研究では、哺乳類の脳内でオキシトシンやドーパミンといった“報酬系ホルモン”が社会的関係の形成に関わっていることも明らかになっている。これは、動物たちにも快・不快に基づく“感情的報酬”の原型が存在する可能性を示唆している。
動物たちの“好き嫌い”が示す社会性の深さ
動物たちが見せる“好き嫌い”のような行動は、社会性の進化の深さを示す重要な証拠といえる。個体識別や協力関係の選択は、単に群れを維持するための機能ではなく、社会的絆や信頼といった複雑な心理的基盤を伴っていることがある。
たとえば、チンパンジーは長期的な同盟関係を築く際、過去の助け合いの記憶をもとに相手を選ぶことが知られている。これには、記憶力や感情の再現といった高度な認知能力が必要だ。また、イルカの群れでは、鳴き声によって特定の友好関係が維持され、離れていても互いを呼び合う行動が確認されている。
こうした社会的選択は、「共感」や「信頼」といった人間的要素の起源を探る手がかりにもなる。実際、霊長類やイヌ科動物の研究では、仲間の感情を読み取る行動(表情模倣・慰め行動など)も観察されており、感情的つながりの原型が見られる。
一方で、昆虫や魚の世界でも、単純な神経構造の中に“社会的判断”の仕組みが埋め込まれている例がある。個体同士の相性や協調行動が、結果的に群れ全体の効率や生存率を高めるのだ。好き嫌いの根底には、「社会的関係を最適化するための進化的戦略」が隠れているといえる。
まとめ
動物や虫の世界にも、人間の「好き」「嫌い」に通じるような行動は確かに存在する。それは単なる偶然や本能的な反応ではなく、個体を識別し、社会的関係を築く力の表れであり、生存や繁殖を有利にするための重要な戦略でもある。
サルやイルカのような高等動物だけでなく、アリやハチといった昆虫にまで、仲間を選び、特定の相手と協調する仕組みが備わっていることは、社会性が生物の根源的な特徴であることを示している。“好き嫌い”とは感情の芽生えであると同時に、生命が進化の過程で獲得してきた生き抜くための知恵でもあるのだ。