映画を印象づける要素のひとつが主題歌である。エンディングや予告編で流れるその一曲が、作品全体の余韻や感情を決定づけることも少なくない。では、この主題歌は映画に合わせて一から作られるのだろうか。それとも、すでに存在する既存の楽曲の中から制作側が選んでいるのだろうか。
本記事では、主題歌がどのようなプロセスで決まるのかを、映画制作の現場における考え方や事例をもとに解説していく。
主題歌が「映画に合わせて作られる」ケース
多くの映画では、物語のテーマや登場人物の感情を反映させるために、映画に合わせて新たに主題歌が書き下ろされる。この方法は、作品全体の世界観を統一する効果があり、観客により深い印象を残すことを目的としている。
制作の流れと関係者の役割
書き下ろし主題歌の制作は、脚本や映像の完成段階に合わせて始まることが多い。映画監督や音楽プロデューサーがアーティストに依頼し、物語のテーマやキャラクターの感情、ラストシーンのトーンを伝えた上で楽曲制作が進められる。場合によっては、監督が仮編集段階の映像を共有し、曲のテンポやメロディを映像に合わせて調整することもある。
書き下ろし主題歌の代表例
たとえば日本映画では、アニメ作品『君の名は。』の主題歌「前前前世」(RADWIMPS)のように、映画の企画段階からアーティストが脚本に関与し、物語と並行して音楽が生まれるケースがある。こうした共同制作型の手法は、作品の完成度を高めると同時に、音楽と映像が一体化した印象を生み出す。
既存の楽曲を主題歌に採用するケース
一方で、映画制作ではすでに発表されている楽曲を主題歌として採用するケースも少なくない。この場合、曲の持つイメージや時代背景が作品のテーマと自然に重なり、観客に強い共感を与えることが狙いとされる。
採用までの流れと権利関係
既存曲を使用する際は、まず制作会社が映画のテーマや登場人物に合う曲を候補として選定する。その後、著作権者やレコード会社に対して使用許諾を申請し、契約条件が整えば主題歌として採用される。特に有名アーティストの楽曲を使用する場合は、宣伝効果や音楽配信との連動も考慮されることが多い。
再評価される過去曲のパターン
近年では、過去のヒット曲を新たに主題歌として起用する例も増えている。たとえば『シン・ウルトラマン』で使用された米津玄師の「M八七」や、『余命10年』での「うるうびと」(Macaroni Empitsu)のように、既存の音楽が映画の感情を再定義するケースがある。こうした選曲は、世代を超えて共感を呼び起こす効果を持つ。
主題歌の選定を左右する要素
主題歌が「書き下ろし」か「既存曲」かで決まる背景には、芸術的な意図だけでなく、ビジネスや制作上の事情も深く関わっている。映画の内容に合うかどうかだけでなく、宣伝戦略や公開時期、アーティストとの契約など、複数の要素が同時に作用する。
映画のターゲット層とマーケティング戦略
制作会社は主題歌を通して、映画のターゲット層に訴求したいメッセージを明確にする。たとえば若年層向け作品では、人気アーティストを起用することで音楽と映画の双方で話題性を高める手法が取られる。一方で、社会派ドラマや芸術映画では、作品の余韻を重視して知名度よりも曲の内容や詩的表現を優先する傾向がある。
制作スケジュールと完成時期
映画制作の進行状況も主題歌選定に影響する。撮影や編集が終盤に差しかかってから主題歌が決まる場合、既存曲を採用するほうがスケジュール上有利になることがある。逆に、初期段階から音楽制作を進める余裕がある作品では、書き下ろし曲が選ばれやすい。
音楽レーベルやタイアップ契約の影響
大手映画会社と音楽レーベルの間では、主題歌を通じたタイアップ契約が組まれることも多い。これは宣伝効果を最大化する目的で、映画公開と同時に主題歌を配信・販売することで双方に利益が生まれる仕組みである。このようなビジネス面の要素も、主題歌選定における重要な判断基準の一つとなっている。
海外映画と日本映画における違い
映画の主題歌に対する考え方は、国や文化によって大きく異なる。特に日本映画とハリウッド映画を比較すると、制作体制や音楽の位置づけに明確な違いが見られる。
ハリウッド映画の主題歌の特徴
ハリウッド作品では、映画音楽全体を担当するフィルムスコア作曲家(映画音楽家)が中心となり、劇中のすべての音楽を統一的に設計することが多い。主題歌はその一部として作られる場合もあるが、エンディングに流れる楽曲が既存曲であることも珍しくない。また、映画の印象を強めるために、有名アーティストに依頼して新曲を制作するケースもある。たとえば『タイタニック』の「My Heart Will Go On」(セリーヌ・ディオン)や『007』シリーズの主題歌群はその代表例である。
日本映画の主題歌の特徴
日本映画では、主題歌が作品の宣伝や話題づくりの中心的要素として扱われる傾向が強い。特にアニメ作品や青春映画では、人気アーティストとのコラボレーションが映画公開前からプロモーションとして展開されることが多い。音楽番組やSNSでの拡散効果も重視され、主題歌そのものが映画の成功を左右するケースも少なくない。
このように、海外では音楽が映画の一部として構築されるのに対し、日本では主題歌が映画の外側にまで影響を及ぼす「広報的要素」として発展している点が特徴的である。
まとめ:主題歌は「映画と音楽の共同演出」
映画の主題歌は、作品の世界観を拡張し、観客の記憶に残る余韻を生み出す重要な要素である。その制作方法には、映画に合わせて一から作り上げる「書き下ろし型」と、既存の曲を作品に合わせて選定する「選曲型」の二つがあり、どちらも作品の意図や制作体制によって最適な形が選ばれる。
書き下ろし主題歌は、物語と音楽が同時進行で作られることで作品と強く結びつく。一方、既存曲を採用する場合は、曲に込められた時代性や感情が新たな意味を持ち、作品に独自の深みを与える。
最終的に主題歌は、映画と音楽の共同演出によって完成する一つの芸術表現である。観客がエンドロールで聴くその一曲は、単なる“締めくくり”ではなく、映画全体のメッセージをもう一度伝える「音による語り」の役割を果たしている。